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長崎地方裁判所 昭和30年(行)4号 判決

原告 川南工業株式会社

被告 香焼村

補助参加人 浅野物産株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告が原告の所有に係る鋼材約六百屯(岡田商船仕掛品)につき昭和二十八年九月十二日の差押処分に基き昭和二十九年十二月十日なした公売決定及び昭和三十年一月十四日なした公売執行(随意契約)はいずれも無効であることを確認するとの判決並びに予備的に右公売決定及び公売執行(随意契約)を取消す、との判決を求め、その請求の原因として、

第一、被告は原告に対する固定資産税の滞納処分として請求の趣旨記載の鋼材(以下本件物件と略称する)につき昭和二十八年九月十二日差押をなし、次いで昭和二十九年十二月十日本件物件を公売する旨を決定し、続いて昭和三十年一月十四日訴外浅野物産株式会社に対し随意契約を以てこれが売却をした。しかしながら右公売決定及び公売執行(随意契約以下本件随意契約と略称する)には次に述べるとおり重大なかしがある。

(イ)  本件差押は二重差押に係るものであつて当然違法であり、従つてこれに基く公売決定及び本件随意契約も亦違法たるを免れない。すなわち本件物件に対しては被告村の本件差押処分に先立ち昭和二十六年八月二十二日原告の失業保険料金滞納処分のため長崎県地方事務官永井正元によつて差押を受け同日同事務官がその表示としてこれに繩張と封印を施した上即日原告の事業本部に於いて原告取締役訴外勝屋弘知立会ひのもとに差押調書を作成し同物件の保管場所を原告香焼島造船所船殼工場と定め同時に右訴外人にその保管を命じたものである。そこで原告としては県失業保険課から、差押解除の正式通知なき限り保管人としての責任上善良なる管理者の注意を以つてこれを保管すべき義務があるところ、被告村は右差押の事実を無視し、昭和二十八年九月十二日原告の被告村に対する約壱億三千五百万円の固定資産税の滞納処分として本件物件に対し更に二重の差押をした。

しかしながら二重差押は法律の許容しないところであつて、斯かる場合には民事訴訟法並に国税徴収法の規定に基き照査手続をなすを相当とすべく、本件差押は、ひつきよう民事訴訟法第五百八十六条の二重差押の禁止、照査手続の各条項に違反するものである。従つてかような違法な差押処分に基く本件公売決定及び随意契約も亦引いては違法たるを免れない。

(ロ)  然も亦本件差押自体にも重大なかしがあつて違法である。すなわち国税徴収法施行規則第十六条によれば収税官史が差押をなした時は差押調書を作成しこれに署名捺印し、同調書には調書を作成した場所及び年月日を記載すべき旨規定されているところ、本件差押調書には(一)差押の日時が真実は昭和二十八年九月十一日午後九時半頃であつたに拘らず同年同月十二日差押をした旨の記載があり(二)調書作成の場所は被告村々役場であつたに拘らず原告の香焼島造船所に於いてこれを作成した旨の記載があり(三)差押調書記載の昭和二十八年九月十二日に同調書に記載された被告村村長鳥巣末作が収税官史として差押をした事実はない。右の如く本件差押調書には事実に反した記載がなされているのであつて、そのかしは引いては本件差押処分自体の違法を招来するものと解すべきである。従つてかゝる違法な差押処分を基礎としてなされた昭和二十九年十二月十日の本件公売決定及びこれに基く昭和三十年一月十四日の本件随意契約はいづれも亦違法たるを免れない。

而して叙上のかしは本件公売決定及び随意契約の当然無効原因に該当すると認めるを相当とするから、原告はここにその無効確認を求め、仮りにこれが無効原因に該当しないとしても、少なくともそれは取消原因に該当することは明らかであるから、こゝにその取消を求める次第である。

第二、仮に右差押処分が有効であるとしても原告の被告村に対する滞納税額は金一億三千五百万であるところ、本件物件を処分して得る代金は僅かに金千万円に過ぎず、これより滞納処分費解体費を控除すれば、滞納税額の五分にも足りない数額となる。従つてかような滞納処分を強行するということは、国税徴収法第十二条に違反する当然無効の措置というべく、少なくとも違法にして取消を免れないものである。

第三、仮りに右主張が認められないとしても、被告村が被告補助参加人浅野物産株式会社との間になした昭和三十年一月十四日の本件随意契約にも次の如きかしが存する。

(一)  本件随意契約は二重の随意契約であつて当然無効である。すなわち被告村は、昭和二十九年十二月十日本件物件につき公売を行う旨を決定し、原告に対しその旨の通知をなし次いで同月二十一日公売期日を開いたが、競落価額が見積限度額に達せず不成立に終つたから、昭和三十年一月十四日訴外浅野物産株式会社に対して、売買価格一屯につき金一万七千五百円、受渡場所川南工業株式会社香焼島造船所岸壁機帆船積込渡、受渡期日昭和三十年一月十七日より昭和三十年一月二十七日迄、受渡方法解体切断の上実量秤量の上受渡す、代金決算方法売買物件受渡後現金払い、代金保証方法契約保証金として金五百万円、引取実量金額の二分の一は契約保証金より差引き精算することを約定し本件物件を売却した。しかしながら、これに先立つて被告村は昭和三十年一月十二日訴外向島鉄工株式会社(以下単に向島鉄工と略称する)との間に売買価格一屯につき金一万円七千円、受渡場所川南工業株式会社香焼島造船所岸壁機帆船積込渡、受渡期日昭和三十年一月十五日迄に百五十屯以上を残量を同年一月三十一日迄に受渡す、受渡方法解体切断の上立会実量秤量の上受渡す、代金決済方法売買物件受渡後現金払い、代金支払保証方法株式会社西日本相互銀行長崎支店に一千万円を預金することを内容とする随意契約を締結していたのであつて、右各随意契約をみるに被告村が補助参加人会社との間になした契約日である昭和三十年一月十四日は訴外向島鉄工との間の契約履行期間内であること明白であり、被告村と訴外向島鉄工との間になされた前期契約は未だ存続しておつて合意解除された事実はなく、仮りに被告村より解約の意思表示があつたとしてもそれは被告村の一方的な不当違法の意思表示であつて契約解除の法律効果は発生していない。従つて本件随意契約は右の如く訴外向島鉄工との随意契約が解除された事実がないに拘らず訴外向島鉄工を欺罔してなされた二重の随意契約に外ならず、当然無効にして何らの効力を生ずるものではない。

(二)  仮りに以上の理由により本件随意契約が無効でないとしても本件随意契約は被告村と補助参加人会社長崎地方出張所長訴外中北敬次との間に締結されたものであるところ、右訴外人は同会社を代表して本件随意契約を有効に締結し得る何らの権限を有しないのであるから、この点に於ても同契約は無効である。

第四、本件随意契約の附随約款として、本件物件に対する解体作業及び本船積込は被告村の公務なる旨定めてあるのであるが、しかしながらかような附随約款は随意契約の本質に違反する違法の約款であり、かような違法な約款を附した本件随意契約はそれ自体違法たるを免れない。

第五、茲に於て原告は昭和三十年一月五日被告に対して異議申立に及んだけれども、同年一月二十日これを却下されたので更に同年二月十二日長崎県知事に対し訴願を提起したが、訴願の裁決を待つに於ては本件物件に対する違法な解体作業が進捗し原告は回復し難い著しい損害を蒙る虞があるので、請求の趣旨記載の判決を求めるため本訴を提起するに至つたのであると述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は本案前の抗弁として原告の本件訴を却下するとの判決を求めその理由として原告は、本件差押処分が二重差押であることを根拠としてこれを無効とし、従つてこれに基く本件公売決定及び随意契約も亦当然違法であると主張している。しかしながら本件差押が仮りに原告主張の如く二重差押に係るものであつたとしても、そのことの故に当然これを無効とすべき理由なく、単に第二次の差押を以て第一次の差押権者に対抗し得ないに過ぎないと解するを相当とする。果してそうだとすると本件差押に対して第一次差押債権者がその効力を争うのは格別、原告自身にはこれを争う当事者適格乃至権利保護の利益は存しないというべきであり、従つて本件訴はこの意味において不適法として却下を免れない。と述べ、本案につき主文同旨の判決を求め答弁として、被告村が昭和二十八年九月十二日国税徴収法に基き原告の固定資産税の滞納処分のため本件物件に対し差押をなしたこと、昭和二十九年十二月十日被告村が本件物件を公売する旨を決定しその旨の公売公告をなし且原告に通知をなしたこと、同月二十一日の公売期日を開いたが競落申出価格が見積限度額に達せず不成立に終つたので随意契約によつて本件物件を訴外浅野物産株式会社に売却し、原告に対しその旨の通告をなしたこと、昭和三十年一月十五日原告より被告村に対し異議の申立がなされたが、同月二十日被告村が右申立を理由なしとして却下する旨を決定し、同時に右決定書を原告に交付したことはいずれもこれを認めるが、昭和二十六年八月二十二日長崎県地方事務官永井正元が原告の失業保険料滞納処分のため本件物件に対し差押をなした事実及び原告が昭和三十年二月十二日長崎県知事に対し訴願をなした事実はいづれも不知、その余の主張事実はすべてこれを否認すると述べ、次で原告の主張に対する反論及び主張として次の通り述べた。

第一、原告は本件差押処分の違法を攻撃して本件公売決定及び随意契約の効力を争つている。しかしながら本件差押処分は既に昭和二十八年九月十二日なされたものであるところ、これに対し原告は地方税法に規定する何らの異議申立をしていないから、本件差押処分は確定し、もはやその効力を争い得ないこととなつた。従つてその違法を攻撃し本件公売決定及び随意契約の効力を争うことは到底許されないものと解するを相当とする。果してそうだとすれば、本訴請求は既にこの点において理由がない。

第二、原告の主張に対する反論、

一、被告村が昭和二十八年九月十二日なした差押が二重差押になるとの主張に対して原告は本件物件に対しては、本件差押処分に先立ち既に原告の失業保険料滞納処分のため第一次差押がなされた旨主張するけれども、かような第一次差押が実施された事実はなく、仮りにこれが実施されているとしても、これは国税徴収法第二十二条第一項の規定する要件を欠く当然無効の処分である。仮りに右主張が認められないとしても昭和二十九年十二月二十一日長崎県労働部長から被告村に対し、失業保険料徴収のため失業保険法第三十五条及び国税徴収法施行規則第二十九条の規定により交付要求がなされているのであるが、右事実に徴すれば、第一次差押権者自身、差押によつて生ずる権利乃至異議申立権を放棄したものというべきである。

二、被告村が前記差押をなすに当つては民事訴訟法及び国税徴収法の規定によつて照査手続をなさねばならないとの主張に対して国税徴収法に於ては同法第二条を以て徴収の順位を、第三条を以て一般債権と国税との関係を、同法施行規則第二十九条を以て交付要求の制度を各規定しており、民事訴訟法の規定に拠らしめずして其の配分の方法を定めている。従つて国税徴収につき民事訴訟法に基く照査手続を必要とする原告の主張は論拠がない。

三、被告村のなした本件差押調書には事実に反した記載がなされていて無効であり該調書のかしは差押の無効を惹起するとの主張に対して右調書はその記載通り昭和二十八年九月十二日原告香焼島造船所内に於て作成せられたものでありこれらの点は立会人たる訴外陳内七郎の署名捺印によつて明らかである。仮りに右署名が同訴外人の自署に非ずとするも、国税徴収法施行規則第十六条によれば差押調書の署名捺印は記名捺印を含むこと明であるから本件差押調書には何等のかしがないものというべく、仮りにその記載に多少の過誤があつたとしてもそれは差押処分自体の効力を左右するものではない。なを市町村の滞納処分は市町村長の権限に属するけれども法律は市町村長自らがその執行に当ることを要求しておらず、書記がその命をうけて滞納処分の実施執行に当ることは当然のことであるから、従つて本件差押調書の作成者として事実上本件差押処分に立会つていない被告村長の記名捺印があつたからといつて、差押調書の記載が事実に反するという原告の主張は理由がない。

四、仮に本件差押が有効であるとしても補助参加人会社との間に昭和三十年一月十四日なされた本件随意契約が無効であるという主張に対して、

(一)  被告村が昭和三十年一月十二日訴外向島鉄工との間になした随意契約は公売処分としての売却決定がなされておらず未だ売買の予約たる性質を有するに過ぎない。然のみならず訴外向島鉄工は被告村との間に取交した契約書第八条の規定に基いて右契約を解除の上代金支払の担保として預金していた金員を引出している。従つて本件随意契約が二重契約であるから当然無効であるとの原告主張は理由がない。

(二)  被告村と補助参加人会社との間になした本件随意契約の相手方は、参加人会社長崎出張所々長訴外中北敬次となつているが、同訴外人は参加人会社の事務所長として長崎地方に於ける業務を担当している者であつて、本件随意契約は同訴外人が会社の委任によつてこれを締結したものであるから、該契約を目し無効となすべき理由はなく、此の点に関する原告の主張も理由がない。

(三)  仮りに有効に二個以上の随意契約が締結されたとしてもその中一個に対して売却決定がなされた場合には、他の随意契約については債務不履行による損害賠償の問題を生ずるのは格別、売却決定のなされた随意契約自体を無効とすべき理由はない。

五、本件随意契約の附随約款が違法であるから本件随意契約も亦違法であるという原告の主張に対して国税徴収法第二十四条第四項を以て「公益上必要のため公売に代わる随意契約」を、同第二十五条を以て「随意契約によつて売却をなし得る場合」を夫々規定している、本件随意契約による売却は同法第二十五条第二項中「公売に付したが買受希望者の入札申込価格が見積価格に達しなかつた場合」に該当すると共に同法第二十四条第四項の「公益上必要ある場合」にも該当する。

而して随意契約による売却手続に於ては法律上其の売却価格が当初公売に付した場合の見積価格より以下であつてはならないという制限があるに止り、其の他売買契約の内容についてこれを制限すべき別段の規定は存在しない。従つて公売物件の性質、引渡の難易、滞納者の悪質並びに妨害の程度等具体的場合に於ける滞納処分実施上の諸条件に応じ、随意契約に依る売買内容が多種多様となるのは当然のことである。ことに本件においては公売処分に対する原告の悪質なる妨害行為が行われ、通常の方法を以てしては徴税の目的を達することが不可能な実情に在つたのであるから、右徴税の目的を達するため最善の方法を講じ其の実現を期するため随意契約を以て適当な売買条件を定めることはむしろ当然の措置であつて、本件随意契約を目し不当とする理由は全く存しない。

六、原告は、原告の被告村に対する滞納税金に比して本件物件の売却代金は極めて少額であるから、本件滞納処分を強行することは国税徴収法第十二条の規定に違反し不当であると主張する。しかし本件物件は差押物件の一部であり、他の差押に係る物件の公売処分を順次実施すれば、その集積は、やがて滞納税額に達する筋合であるから、本件手続を続行することは何等違法ではない。

第三、仮りに本件滞納処分が違法であるとしても、被告村の財政は極度に窮乏しており、本件滞納処分を執行する以外には、もはや如何ともなし難い事情にあるから、かゝる諸事情を考慮するとき、本件公売処分を取消すことは却つて公共の福祉に適合しないものと認めるを相当とすべく、行政事件訴訟特例法第十一条の規定によつて原告の本訴請求棄却の判決あらんことを求めると述べた。

(立証省略)

理由

第一、本件訴は適法である。

被告村訴訟代理人は、原告には当事者適格乃至権利保護の利益がないが故に本件訴は当然不適法にして却下を免れないと主張する。しかしながら租税滞納処分としての差押がなされたときは、滞納者は差押物件に対する処分権限を奪われることにはなるが、これは固より終局的なものではなく、所有権自体を失うわけのものでもない。而して二重差押は違法にして許されないと解するのが相当であるから、従つて原告が本訴において所有権に基き第二次差押たる本件差押処分の効力を争うことについて、必ずしも権利保護の利益がない(第一次差押が解除されるときは、完全なる所有権を回復する)と認めることはできない。従つて前記被告の主張は既にこの点において採用することができない。

よつて以下原告の請求の当否について順次判断する。

第二、(一) 被告村が本件物件について昭和二十八年九月十二日なした差押は有効である。

被告村が昭和二十八年九月十二日原告の固定資産税の滞納処分のため本件物件に対し差押えをなしたことは、当事者間に争がない。ところで原告は本件物件についてはこれより先昭和二十六年八月二十二日失業保険料滞納処分のため長崎県地方事務官によつて既に適法に差押えられ、その後解除された事実はないから、従つてその後になされた本件差押は二重差押であつて当然無効である旨主張する。そこでこの点について按ずるに、成立に争いのない甲第一号証、証人永井正元、同川原勲、同勝屋弘知の各証言を綜合すれば、昭和二十六年八月二十二日当時長崎県労働部失業保険徴収課に勤務していた訴外永井正元が、原告の失業保険料金七百九十三万三千十六円の滞納処分として原告会社に臨み、同会社の社員であつた訴外川原勲の案内、指示により原告香焼島造船所に於てエツクス線発生装置機一台、熔接台(二百屯)と共に本件物件を夫々差押えた後、原告会社事業本部に於て同会社の取締役であつた訴外勝屋弘知にその保管を命じた事実は容易に肯認せられるところである。しかしながら国税徴収法第二十二条第一項但書によれば「差押物件運搬ヲ為スニ困難ナルトキハ市町村長、滞納者又ハ第三者ヲシテ保管ヲナサシムルコトヲ得、此ノ場合ニ於テハ封印其ノ他ノ方法ヲ以テ差押ヲ明白ニスベシ」と規定されており、封印其の他差押を明白ならしめるということは、差押自体の効力要件であつて、かような標識なき差押はその要件を欠くところの無効処分であると解するを相当とするところ、証人永井正元の証言によれば、訴外永井正元は原告の事務所で幅二寸、長さ五寸位の封印用紙六枚を原告会社側に手渡しその貼付方を依頼したのみでその後右差押の標識としての封印の貼付、其の他の公示方法は施されなかつた事実を認めるに十分であり、右認定に反する証人川原勲の証言はにわかに信用し難く、其の他原告の提出援用にかゝる全証拠に依るも差押の標識がなされた事実を肯認するに由がない。然も亦差押の効力要件として封印其の他差押えを明白ならしめる標識が要請されるのは単に差押の事実を確知するに止らず、一般取引の安全を保護して第三者に不測の損害を蒙らしめないことにあることは明らかであるから、その公示は第三者が通常容易に認識できる程度、方法及び個所に施すことを要し、かような公示なき差押は効力要件を欠くところの無効処分であると解するを相当とするところ、鑑定人大島恒次の鑑定の結果によれば、本件物件は少なくとも長さ百米余、幅十三米余に及ぶ船底型の膨大なる鋼材であることが窺えるから、仮りに前記封印用紙六枚が全部本件物件に貼付されたとしても、未だ以て差押えの効力要件としての「封印その他差押を明白ならしめる標識」を充足したものと認めることはできない。けだし本件における如く膨大な物件に対し差押を明白にしたというがためには、少くとも諸所に相当多数の相当大きい封印書を貼るか、又は相当数の立札を施し第三者をして一見該物件が差押の対象になつていることを認識し得る程度の標識をなすことを要すると考えられるからである。

然らば本件物件に対する第一次の差押処分は結局有効なものとは認め難いから、被告村のなした差押が二重差押であることを前提とする原告の主張は理由がない。

(二) 被告村の本件差押調書の記載に誤りがあるからといつて当然本件差押自体が違法であるとはいえない。

原告は本件差押調書には調書作成の日時、場所等について事実に反した記載がなされているから本件差押は当然違法であると主張する。

しかしながら、差押調書は一つの証明文書たるに止まり、その作成は差押自体の有効要件には属さないと解するを相当とするから、仮りに本件差押調書に日時、場所等につき事実に反する記載があるからといつて、当然本件差押自体の違法性を招来するということはいえない。

第三、本件滞納処分は国税徴収法第十二条に違反する違法な処分とはいえない。

原告は被告村に対する滞納税額は金一億三千五百万円であるところ、本件物件の処分によつて徴収し得る税額は僅かに金千万円であり、これより滞納処分費、解体費等を控除すれば滞納税額の五分に満たない数額となる。従つてかような滞納処分を強行することは国税徴収法第十二条に違反して許されないと主張する。しかしながら、同条は第一号乃至第四号に該当する事由があるときには滞納処分を停止することができるという規定であつて、停止するか否かは、一にかかつて課税権者の自由裁量に委ねられたものと解するを相当とするのみならず、証人秋島春男、岩崎静夫(第一回)、坂井茂太、松本義武、鳥巣末作、の各証言を綜合すれば、本件滞納処分の続行により、原告が多大の損害を蒙るであろうこともさることながら、被告村の財政も極度に窮乏している事実が明であるから、本件公売決定及び随意契約を目し、直に違法であると認めることはできない。

第四、被告村が昭和三十年一月十四日なした随意契約は有効である。

(一)  原告は本件随意契約は被告村が昭和三十年一月十二日訴外向島鉄工との間になされた第一次の随意契約が有効に存続している間になされたものであるから当然無効であると主張する。よつて考えてみるのに、随意契約は広義における公売処分の一態様であつて、課税権者と滞納者との関係からみるならば、それは正に公法上の強制関係であり、固より国又は地方公共団体が私経済の主体として財産の処分をする場合とはその性質を異にする。しかしながら、それは滞納者と課税権者との関係では公法上の原理が作用するというだけのことであつて、随意契約そのものを、売主たる課税権者と買主との関係からみるならば、それは矢張り民法上の売買と性質を同じくすると解するを相当とする。つまり随意契約は公売処分の一態様であるという点では強制的ではあるけれども、随意契約そのものは民法の売買契約の法理によつて律せられるというのである。果してそうだとすれば、随意契約は売買という債権関係に外ならぬから、従つて二重の随意契約が有効に締結されることは理論上何らの妨げはないものというべく、従つて仮りに本件随意契約が、訴外向島鉄工との契約締結後二重に締結されたとしても、当然無効又は取消さるべきものであるという原告の主張は爾余の判断を俟たず、既にこの点において採用し難い。

然のみならず原告の主張によれば、原告は本件随意契約は訴外向島鉄工との随意契約が有効に存続しているに拘らず、二重に締結されたものであつて無効というのであるが、果してそうだとすれば、本件物件は訴外向島鉄工の所有に帰し、原告には所有権がない筋合であるから、原告が前記の如き理由により本件随意契約の効力を争うことは、それ自体一つの矛盾というべきである。

(二)  次で原告は本件随意契約は被告村と補助参加人会社長崎出張所々長訴外中北敬次との間になされたものであるが同訴外人は補助参加人会社を代表する権限がないから右契約は無効である旨主張するけれども、弁論の全趣旨に徴すれば補助参加人会社の長崎出張所は一定範囲内で独立の権限を附与せられ独立して営業を営んでいるところの実質的には補助参加人会社の支店と同一の存在であつたことを窺うに十分であり、商法第四十二条の規定によれば支店の営業主任たることを示す名称を附した使用人はこれをその支店の支配人と同一の権限を有するものとみなされ営業主に代つてその営業に関する一切の裁判外の行為をなす権限を有するのであるから、補助参加人会社長崎出張所々長訴外中北敬次の締結した本件随意契約を目し、当然無効とすべき理由がない。

(三)  原告は本件随意契約には、本件物件に対する解体搬出作業を被告村の公務とする旨の附随約款が附されているが、これは随意契約の本質を誤解した違法の約款であり、かかる違法の約款を附した随意契約自体違法たるを免れないと主張する。よつて考えてみるのに、国税徴収法によれば随意契約の売買価格が公売の見積価格を下つてはならぬ旨の制限があるに止り、その内容については別段規定するところはない。従つて公売物件の性質、数量、引渡の難易、滞納者の執行妨害の程度等、具体的な場合に於ける滞納処分実施の諸条件に応じて随意契約による売買契約の内容が多種多様となることは当然のことであり、本件物件の解体搬出作業を被告村の公務として実施する旨の約款があるからといつて、当然本件随意契約自体の違法を招来するという原告の主張は、爾余の判断を俟たず採用することができない。

以上の如く本件公売決定及び随意契約には原告主張の如きかしは存しないから、その無効確認乃至取消を求める本訴請求は爾余の判断を俟たず失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 林善助 入江啓七郎 重富純和)

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